子育て・教育

知能で分断される社会?能力主義は正義か?〜メリトクラシーとは〜

メリトクラシー (meritocracy) とは、メリットmerit、「業績、功績」)とクラシー(cracy、ギリシャ語で「支配、統治」を意味するクラトスより)を組み合わせた造語

「メリトクラシー」こんな言葉を初めて聞いた。

まさしく現代は「メリトクラシー」であると思った。知能によって分断されている社会になっているのでは?と。そして、発達障害やグレーゾーンの方たちの生き方についての問題にも繋がってくる話だと思った。今回はメリトクラシーについての考察と、それについて考えるきっかけになった書籍を紹介していこうと思う。

昔は宗教や国籍、人種によって分断されていた

「昔の人は、家柄を重視する」

私からすると「家柄!?」な案件だけど、昔の日本では当たり前だったらしい。結婚するときはわざわざ家柄を調査することもあったみたい。そして家柄が悪いということで釣り合わない!破談!なんて話も。

白人は優遇され、黒人は冷遇されるなど、人種によって、国籍によって、宗教によって分断されていた時代が確かにあった。過去ではなく、私が意識していないだけで、今もまだ根強く残っているのかもしれない。男性は優遇され、女性は冷遇されるなんてこともあって、試験の得点に下駄を履かせるなんてニュースも聞いたことがある。

人種や宗教、国籍、家柄など、自分にはどうしようもない部分で評価され、人生があらかた決まってしまっていた。つまり、昔は、人種や宗教、国籍、家柄などによって社会が分断され、生きる場所が違っていた。

貴族は貴族として、農民は農民として、奴隷は奴隷として生まれた時から人生がほぼ決まった状態だった。

現在は知能によって分断されている!?

ところが、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの先進国を中心に、そういった人種や宗教、国籍、家柄などの自分では操作できないところで評価する=差別である!という考えが広まった。リベラルな考え、自由主義な考え方である。

その中でも、もっとも自由主義な考え方を持つ国として、自由の国アメリカが挙げられる。

人種や宗教、国籍や家柄などで判断・評価せずに、業績や能力によって人を判断・評価し、それが高ければ成功する。いわゆるアメリカン・ドリームが叶う国だ。オバマ大統領なんてアメリカン・ドリームの象徴となる人である。

では、業績や能力が高いというのは何を見て判断するのか。それは、才能であったり、学力・学歴によって判断される。なぜか。それは個人が努力すれば努力するだけ能力は伸び、成長できるからだという考えのもとにある。

そして努力して高い知能や学歴を獲得した人は、なれる職業が変わり、手に入る生活やお金はより豊かなものになっていくだろう。才能があれば認められ、お金も名声も手に入り、才能がなければ才能がある人たちとは同じ世界や同じ生活はなかなか手に入らないだろう。

そうやって少しずつ少しずつ知能や学力、才能によって職業や住む場所生き方などが分断され、そのそれぞれの中でコミュニティーができ、結婚し、子供ができる。それでじわじわ出来上がるのが、知能で分断された社会、メリトクラシーである。

才能、学力は本当に努力すれば平等に手に入るもの?

では、本当に才能や学力は努力すればみんな平等に手に入るものなのか?才能や学力で判断し評価すれば平等な判断となりうるのであろうか?これに対しての答えは完全にNOだと言い切れる。

学力のもとになる知能、音楽やスポーツの才能などは、遺伝的要素がかなり大きい。もちろん100ではない。環境的要素の影響も必ずある。でも、環境だけではない。努力すれば、部屋が本で溢れているような環境であれば、毎日有能な家庭教師に勉強を見てもらえれば、全ての人が東大に入れるかと言われるとそうではないことは明白だ。

なのに、学力や知能、才能によって人を評価し、人は努力すれば必ず高い能力を手に入れられるんだという価値観をもとに「自由主義」を唄う社会は果たしてどうなのであろうか。

そんなメリトクラシーな社会をどう生きていくか

そんなことは言ってきたが、「学力や知能、才能で人を評価することは間違っている!○○で人を評価するべきだ!」といったものが私の中にあるわけではない。

才能のあるものが人々を魅了し、知能のあるものが難しいことを考えて社会を作っていくのが大切であることも理解できる。考えることが好きではない人が適当に社会を作ってしまうなんて怖すぎる笑

でも、だからと言って、学力が低いから努力不足だ、才能がないから存在価値がない、なんて考えは悲しいなあと思う。

人はそれぞれ生まれてきたことに意味があり、この世に生まれてきたら、生きて、死ぬ。その命に優劣はない。一人ひとりがそれぞれの場所で楽しみを見つけ、適材適所で楽しく生きていけたらなと思うんだけど、分断されたチームが互いに悪口を言い合う社会だけは嫌だなあと思う。

“りんこ­”
“りんこ­”
皆さんはメリトクラシーについてどう思いましたか?

メリトクラシーを考えるきっかけになった書籍

メリトクラシーを考えるきっかけになった書籍を紹介する。これらの本を読んで私なりに色々と考えることがあったのでブログという形にまとめてみた。皆さんもよければこれらの書籍を読んで考えてみてくださいね!

マイケル・サンデル「実力も運のうち 能力主義は正義か」

橘玲「無理ゲー社会」

宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

宮口幸治「どうしても頑張れない人たち」

 

最後に

いかがでしたか?今回はメリトクラシーについてざざっと書いてみました。

最近メンタリストの方がYouTubeで発言したことが大炎上し問題になりましたが、その話題にも繋がってくるし、一部ではやはりメリトクラシーの社会になってきつつあるのではと感じます。特に結論はないのですが、今後も考えていきたいテーマだなと思っています。